芸術という名の医療
カンボジアの暮らしにもだいぶ慣れてきた今日この頃。
宿舎の虫やコウモリをものともしなくなりました。
今、虫に邪魔されながらこの記事を書いています。
今日は『芸術という名の医療』のお話
かつてカンボジアでは映画文化が盛んな時代がありました。
シアヌーク国王がカンボジア映画芸術興隆を目指した1960年からポルポトの内戦でクメール・ルージュが首都を征服する1975年まではカンボジア映画の黄金時代と呼ばれるほど。
黄金時代の15年間には350作品以上の映画が国内で製作。
当時のプノンペン市内には30館以上もの映画館。地方でも上映会場のパゴタに村人が押し寄せた程だそうです。
一番驚きなのは、この時代に最も映画界を盛り上げた監督が、当時の国王 シアヌーク国王自身であったということ。
19歳からカメラに親しみ、国家構築における映画の重要性を信じていた国王は、当時東南アジアで最も多作な映画監督として名を馳せたそうです。
そんなカンボジア映画黄金時代もポル・ポトの時代に終焉を迎えます。
以前にも記載したが、ポル・ポトによる新政権は「原始共産主義」を目指しました。
それは、遠い昔の狩猟採集社会を理想モデルとした社会階級や格差のない平等な社会
その社会では知識人や文化人は反乱因子として理不尽に虐殺されました。
映画の製作・上映も禁止され、映画監督や俳優も虐殺の対象でした。
黄金時代の映画作品そのものもほとんどが処分され、現存していたカンボジア映画の約9割が永久に失われたと考えられています。
黄金時代とまで言われた時代の映画作品。
ぜひ一見して見たかったですが、、、残念です。
医療者と同様に、一時は映画を学べる教育機関や施設もなく、次世代の映画人が育たない状況が続きました。
そんな中、タイの難民キャンプからフランスに渡って映画監督となったリティ・パンとカンボジア文化芸術省により2005年に映画・映像資料の保存施設 ボパナ視聴覚リソースセンターが設立され、以来、消失を免れたカンボジア映画の収集と公開を通じて失われかけたカンボジアの文化的記憶を社会へ還元し、人びとの映画を観る習慣の恢復を支えるとともに、映画制作者を養成する努力が続けられています。
※ボパナ視聴覚リソースセンター
http://bophana.org
そんなカンボジアの地方の子ども達に映画を届けている人たちがいます。
NPO法人 World Theater Project(以下 WTP)様
https://worldtheater-pj.net
WTP様は「生まれ育った環境に関係なく子ども達が人生を切り拓ける世界をつくる」という理念のもと、カンボジアを中心に途上国の子ども達に移動映画館で映画を届けています。
主に学校に出向いて映画を届けているWTP様に
今回はじめて、僕が活動しているジャパンハート カンボジアのAsia Alliance Medical Center(以下AAMC)で患者さん向けに映画上映会をして頂きました。
AAMCでは外科医師が来院されるタイミングで定期的に手術ミッションが行われます。経済的理由などから他の医療機関で医療を受けられない患者さんに無料で手術を行います。
5月19日、20日、21日には小児外科の医師に来院頂き、子どもの手術のミッションが行われました。
今回は鼠径ヘルニアや陰嚢水腫など比較的小中規模の手術が多く予定されました。
そうは言っても、子ども達、そして、ご家族にとっては人生の一大イベントです。
日本でもそうですが、子どもと大人の医療現場は全く別物です。
点滴一つでも子どもは大泣き、大暴れ、複数人のスタッフで身体を押さえつけて医療を行います。子どもが泣いて、暴れるのは仕方がないこと。
その状況下でも子ども達にとって安全な医療提供に努めることが医療者には求められます。
子どもに対する医療では、もちろん体の安全が第一ですが、同じくらい心のケアも大切になってきます。
手術を控えた子ども達は不安でいっぱいです。しかも、手術前で食べ飲みもできず。そんなストレスのもと、手術が近づいて怖くなって泣き出してしまうのは当然のこと。
我が子の泣く姿を見て、お母さん、お父さんも申し訳なさと不安の表情。
涙してしまうご家族もいます。
対応するスタッフにもその感情はうつります。
その場は不安とストレスでいっぱいになってしまいます。
手術をする限り手術に対する不安は取り除けません。
それならせめて、手術室に入るまでの間を楽しく過ごしてもらいたい。
そういう思いから、今回WTPさんに依頼させて頂きました。
入院病室と術前の待機室の2箇所にミニシアターを設置
カンボジア語に吹き替えられた日本のアニメ映画を上映させて頂きました。
また、映画だけではなく、AAMCの手術室の天井には岡山の童画家 中山忍様の絵が描かれており、効果倍増。
※岡山の童画家 中山忍様
http://itochin.biz
入院病室では普段見ることがない大きなスクリーンでのアニメ映画に子ども達は手術のことを忘れて映画鑑賞に夢中。
子ども達だけでなくご家族も一緒に映画を鑑賞。
待機室のミニシアターでも手術直前まで映画に夢中になる子ども達。
最初に少し泣いても、すぐに泣き止んで映画に夢中。
手術の着替えもお薬の投与もスムーズ。
実際に、3日間で泣いた子を2-3人だけでした。
手術室に入っても、手術台から天井を見上げると心温まる絵がいっぱい。
待機室に同室しているお母さん、お父さんにも笑みが溢れます。
AAMCのスタッフも穏やかで楽しそうな表情だったのが印象的でした。
映画鑑賞には患者さんだけでなく、家族、そして、スタッフの心のケアという大きな効果がありました。
かつて、カンボジアの国王が国家構築における重要性を見出した「映画」という文化。医療を行う上でのその可能性を今回、私は見出しました。
映画に限らずいろいろな芸術が患者・家族・スタッフの心のケアを行う上でとても大きな役割を担っていると感じています。
日本でも心のケアの重要性が少しずつ広まり、芸術を導入する医療機関も出てきています。しかし、まだまだ少ないのが現状です。
病気と闘う患者さん
それをサポートする家族、そして医療スタッフ
病院という特殊な環境にこそ、芸術の導入は大きな可能性を秘めているのではないでしょうか。
AAMCでは6月から新しく小児医療センターが開設予定です。
そこでは、小児がんの子ども達の医療も行います。
現在、カンボジアにおける小児がんの生存率は1-2割。
それを5-6割に引き上げるというビジョンを持っています。
小児がんの子ども達は長い闘病生活を強いられます。
がんそのものとの戦い
抗がん剤の副作用との戦い
長い入院期間
家族と会えず自分たちだけで医療者と一緒にがんと向き合っていかなければいけない時間もあります。
そんな子ども達に僕ら医療者ができることは。
がん・体の治療はもちろんですが、心のケアや学び・遊びの機会提供なども同じくらい重要な医療です。
移動映画館で映画を配達しているWTP様の活動、そして、壁や天井に描かれた中山忍様の童画は、子ども達への学び・遊びの機会の提供、そして、心のケアに繋がります。
それは闘病中の子ども達が治療に前向きになるためにもとても大切なことだと僕は感じています。
小児医療センターのプレイルームには中山 忍様の絵が今描かれています。
開設後には、またぜひWTP様と一緒に子ども達に医療が提供できると嬉しいです。
子どもに限らず、人の健康には身体、心、社会背景、そして、その人自身の価値観といった様々な要素が関与しています。そして、人を健康にするためには、身体のケアだけでは不十分であり、それらを総合的にケアすることが必要になります。
それは途上国でも先進国でも同じことです。
いわゆる医療従事者と芸術家・アーティストによるチーム医療。
それは、今求められている医療の1つの形かもしれません。
兎にも角にも、
子ども達の笑顔には毎日本当に癒されます:sparkles:
日本でもカンボジアでも
子ども達の笑顔が一番の宝物です:sparkles:
進谷
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