自分の人生を肯定する難しさ

はじめまして!

4月よりNeedsに加入しました、九州大学医学部6年の冨永晃輝と申します。

医療従事者としての経験がない私には

医療現場の機微や課題について書くことは難しいです。

なので、学生時代に本分と思って取り組んできた

「人生について考えたこと」を書こうと思います。


「人生についての若き日の懊悩」は

年を重ねるにつれて切迫さを増して自分自身を問い質すことになる

普遍的なテーマだと思います。



3年前に、尊敬するある先輩がしていた遊びを知りました。

それは二人一組で、片方が「自分の生きる資格を主張し」

もう片方は「相手が生きる価値がない人間だと説得する」というものでした。

危険な遊びだと思いますが、私はその日以来、自分の命の価値に強く疑問に抱きました。


最も難しかったのは、絶対的な価値を見つけられないことでした。

昔なら「神の子だから人間には価値がある」と

絶対者に紐づければよかったと思いますが

現代は神さえ相対的に論じられることが多々です。

私は絶対的な価値を求め、「宇宙と人生について」学ぶことにしました。


私は1年半ほど様々な本を読んで、また勉強会を開催しました。

その中で、人間のような心で生きる生物は

「偶然ではなく、誕生すべくして誕生した」ことを知りました。



さらに、複雑系科学が

「宇宙は要素間に秩序を創りながら、多次元で複雑な調和を形成し続けている」と

解き明かしていることに感動しました。

それは、宇宙・地球・生命の誕生と進化に現れていました。

そして、その最も高度な調和は、人間が生み出しているのだと直感しました。

人間はその内部に心身という秩序を宿し

外部には共同体(家族から文明まで)や生態系の一部として秩序に属しています。

こうして、宇宙がしていることと自分がすべきことが繋がったと思いました。


肉体を健康にし、知性を磨き、心を滋養するように努める。

家族や組織、社会がより活力を持ち、しなやかになるように努める。

文明や生態系が繁栄するように努める。

これだけが、人生を正当化してくれると思うととても納得しました。

同時に人生は苦しみの連続だと認めざるを得ませんでした。

しかし、この苦しみの先には人生を称えてくれる価値があるはずです。

そう考えれば、自分より大事なもののために命を捧げた

偉大な先人たちは、それと引き換えに

自らの人生を肯定する幸せを手にしたのだと、ただ憧れてしまうのです。

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